人間閉包

構造の話をする

非線形空間のほうがエロいだろ

 デジタルミュージックとデジタルイラストの最低最悪な点は「Non-Linearity(の欠如)」だといってもいい。おれはそう思っている。

 


 それを補完するのが音楽だとMixing、イラストだとLighting(Shading)と称される工程であって、それは間違いなくPCができてから凄まじい進化を遂げた芸術だ。
 デジタルアートが上手いやつらはみんな、非線形性によるIntegrationを本能的に行ってる。

 

 1m×1m×1mの立方体に裏から光を当てる。立方体の正面はどうなる?
 別に正確じゃなくたっていい。想像はつくだろう。

 

 なら、それは1cm×1cm×1cmの立方体での写真を100倍に拡大したものと同じか?

 線形代数を知らなくたって答えられる。その二つは、決定的に違う。

 

   f という関数を立方体の影を取る操作だとして、 f(100 \times 1) 100 \times f(1)は違う。この" 100をかける"という操作と、" fに入れる"という操作の順番が問題になる。線形代数を知っているやつらはこの現象を語る言葉を持っている。

 非線形性(Non-Linearity)だ。



 現実世界は非線形の塊といってもいい。天気予報は非線形偏微分方程式を解く作業だ。

 そしてクリエイターが「リアリティを増す/クオリティを増す」ために行う行為のほとんどは非線形性をはらんでいる。
 どうして芸大の受験生は水や歪んだガラスを描きたがるのか。それは不規則な屈折という現象が非線形性の象徴だからだ。どうしてそれなりに楽器をやっているやつが「超高速ピアノ」みたいな動画を鼻で笑うのか。それは非線形性を無視した技巧だからだ。どうして素人はそれに感嘆するのか。非線形性に向き合ったことがないからだ。

 

 初心者の創作物はみんな単調でつまらない。
 けど、下手くそを4人あつめたバンドだって目の前で聞けばそれなりにノれる。幼稚園児が鍵盤を殴るピアノもストリートで聞けば笑顔になれる。全部の絵の具を混ぜた黒色だってなんだかおもしろい。
 少なくとも、SNSに溢れる下手くそなファンアートだとかとりあえず楽器を鳴らしただけのVocaloid楽曲よりも、よっぽど鑑賞に耐えうる。ただ現実でPerformanceを行ったというだけの事実が、作品をここまで良くしてしまう。不思議な話じゃないか?

 現実のNon-LinearityはMagicだといってもいい。そこでは物理法則がおれらの作品のすべてに完璧なShadingとMixingをしてくれる。

 

 「下手な絵」や「下手な音楽」はすべて、そのComponentが一つの空間に統合されているという実感を完全に欠いている。逆に、それが「下手」の定義だといってもいい。だってそうだろ? おまえが小学生のころに書いた絵にあるのは、人間じゃなくて髪と目と頭と首と服と掌と五本の指だ。おまえがリコーダーでかつて吹いたのは楽曲じゃなくて単音の連なりだ。

 それらは浮遊していて、別の空間から切り貼りして持ってきた材料であって、レシピの材料欄にすぎない。それを煮たり焼いたりNon-Linearな変換をするから料理になるんだろ。一人分の料理を作るより二人分を作る方が美味くなりやすい。 2f(x) \neq f(2x)だ。


 現実ではすべてのオブジェクトは互いのLightingとShadingに影響を及ぼすし、すべての音は互いの音に干渉する。現実っていうのはそういう風にできている。

 PC上ではそれらすべてを指定して、Non-Linearityというスパイスを振りかけてやらなきゃいけない。それを語るための言葉は巧妙に散らばっていて、絵なら123影だのAngular perspectiveだの、音楽なら(Gluing)CompressionだのSaturationだの、まあ調べれば出てくるだろうが、その本質はすべてNon-Linearityだということを忘れてはいけない。

 

 SNSのタイムラインにえっちなイラストが流れてくる。首筋にキスマークがついている。だが線形空間の口紅はやがて身体から剥離する。非線形空間の内出血痕は首筋に焼きついて、インターネットが壊れるまで離れない。
 そのほうがよっぽどえっちだろ。